歴史

大聖堂 果てしなき世界

2009年4月22日(水)午後1時頃、我が愛犬が死んだ。死んだ日は随分と雄弁だった。声をかけ撫でてやると落ち着くが、しばらくするとまた何か言っていた。「ドクター・ヘリオットの犬物語」に出てくるジップほどではないが、元気な頃は無口な犬だったのに。1992年3月13日生まれの17歳、犬なのに猿年。娘たちが小さい頃は旅行も一緒、受験中は励ましていた。死ぬ前々日まで私の散歩に付き合い、ブログにもたまに付き合ってくれた(2008.12006.12005.122005.10)。長生きだった。
さて、長いと云うところで、紹介するのは、Ken Follettの「WORLD WITHOUT END(大聖堂-果てしなき世界-上)」(2009年3月31日初版発行、戸田裕之訳、ソフトバンク文庫)である。

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宮城谷昌光 三国志第六巻

結局のところ今日は遠出を止めることにした。写真を眺めても、腹を押さえながらじゃ興を冷ますに違いない。やらねばならないこともあるものの、もう一冊紹介することにしよう。宮城谷昌光氏の「三国志第六巻」(文藝春秋、平成十九年九月十五日第一刷)だ。「三国志第五巻」の紹介は昨年の10月だったが、まだ秋の気配が濃くはなかったようだ。今日の東京は曇り。あまり暑くはない。先ほど近所の本屋へ新書の取り寄せを頼んできたが(AMAZONなんぞより、近所の本屋を育てなくてはね)、若干汗ばむ程度であった。前回、「どう動いていくのか」と書いた「赤壁の戦い」が始まる。そして、諸葛亮(諸葛孔明)が表舞台へと登場してくる。

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宮城谷昌光 三国志第五巻

「秋吹くは いかなる色の 風ならば 身にしむばかり あはれなるらん」(和泉式部)などと詠いたいところであるが、都心ではまだこのような感じではない。雨も降り出しそうだ。何処か紅葉の美しいところにでも行きたいものだ。結局のところ、少々息抜きとか言いながら、「三国志第五巻」の紹介なんぞ書くのであった。淡々とした宮城谷氏の描写によって、却って三国志の興奮が身にしみ、戦場の風の色が目に浮かぶ。

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宮城谷昌光 三国志第四巻

空には秋の雲があり、風も急に爽やかになった。季節が変わろうとしている。お彼岸のなか近所には人が多い。宮城谷昌光氏の「三国志 第四巻」(文藝春秋、平成十八年九月十五日第一刷)も急展開を見せている。群雄の激しい動きの中、次第に主役の顔ぶれが変化していく。それにしても、約2年ぶりの第四巻だと云うのに、あっと言う間に読んでしまった。次が出るのが待ち遠しい。ところで、前回の「聖戦の獅子」に変なTBが付いている。検索システムのようだが、いま一つ理解できない。bitacle blog searchとは一体何者だろう。まァ、乱れた世には色々なものが現れては消えていくと云うことだろうか。

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黄金旅風

■飯嶋和一氏の「黄金旅風」(小学館、2004年4月1日初版第一刷発行)

私の本の紹介も300冊目となる。タイトルでの紹介が丁度150冊目。文中等での紹介が今までに150冊である。さてと、何をご紹介しようかな。梅雨である。夕方は雨だった。梅雨と云えば紫陽花。紫陽花の学名は Hydrangeaだが、長崎出身者としてはシーボルトが名付けた「おたくさ」の方が馴染み深い。そう、紫陽花は長崎市の花でもある。と云うことで(何が“と云うことで”なんだか、笑)、長崎に因んだ本を紹介しよう。時は江戸時代。鎖国以前、貿易都市の長崎を舞台とした「黄金旅風」。

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早春賦

■山田正紀氏の「早春賦」(角川書店、平成十八年一月三十日初版発行)

若干日が傾いてきた。空気は少々冷たい。ふと見ると梅がある。「きみならで 誰にか見せむ 梅の花 色をも香をも しる人ぞしる」(紀友則「古今和歌集」) 、春かな。「早春賦」では「靄にかすむ盆地のいたるところに山桜がほのかにけぶる」とあるので、もう少し遅い季節である。それにしても、「八王子千人同心」、別の小説でも出てきたのだが、どの本だったか判らない。歩きながら考えていた。通り過ぎたところで、ふと気付いて梅を撮った。私の頭の中の何処かの箱が静かにとじてしまったに違いない。Walter John de la Mareの「The Riddle’(なぞ物語)」(野上彰訳、フレア文庫、1996年11月30日第1刷)の「The Riddle(なぞ)」の不思議な箱の物語は思い出したというのに。

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「曹操残夢」

■陳舜臣氏の「曹操残夢」-魏の曹一族-(中央公論社、2005年7月25日初版発行)

この本は、「曹操」上・下巻-魏の曹一族-(中央公論社、1998年11月10日初版発行)の続編である。曹操は最後に「天下はなお未だ安定していない」と言った。その曹操亡き後の魏王朝の滅亡に至るまでの話である。三国志では蜀を中心とした話が多い中で、曹一族を中心に書かれた本書は珍しい部類に入るのだろう。

ところで、本書の内容とは直接関係ないが、昨日の毎日新聞社説「視点 解散・総選挙(論説委員・松田喬和氏)」の内容は誠に不明朗だ(不明確ではなく、不明朗である)。憲法論を装いながら、実は別のことを書いている(国民には考える力がないとも読める)。何故、本のご紹介と直接関係ない話をするか。これは追々お分り頂けるだろう。

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陳舜臣氏「桃源郷」

■陳舜臣氏の「桃源郷」上・下(集英社文庫)、2004年12月20日第一刷

締め切りに追われていた(締め切りの過ぎた、笑)仕事も漸く終えた。この数週間、小説の感想を書く暇もなかった。朝日新聞が筒井康隆氏の「断筆宣言事件」で酷いことをしていたのに今頃気付いたのが1月20日。それ以来、マスメディアに対するコメントばかり書いていた。

陳舜臣氏の「桃源郷」を読むと、そんな話はどうでもよくなる。

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宮城谷昌光氏の「三国志」(3)

■宮城谷昌光氏の「三国志」第三巻(文藝春秋)

天下が倒懸される。政治と戦とを取り違えた張温。優柔不断の何進。袁紹の次善の策とも言えぬ謀計。時代の趨勢に取り残された皇甫嵩。腐臭を放つ王朝の断末魔に歴史は耳を貸さない。現実を見ていない宦官たちに取り巻かれた王朝には天は何も言わない。滅びるとはこんなことか。全ての歯車が噛み合わず、虎狼のような董卓によって最後の皇帝である献帝が擁立される。その後、献帝から魏の文帝に譲位されるまで30年近くある。しかし、実質的には後漢時代は長安への遷都によって幕を閉じた。董卓、袁紹、袁術、曹操、孫堅、劉備、主だった群雄たちが登場してくる。

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宮城谷昌光氏の「三国志」(2)

■宮城谷昌光氏の「三国志」第二巻(文藝春秋)

現実にふれるのを恐れつづけた桓帝(第十一代皇帝)によって、後漢はその耳目を失い、幼稚さを払拭できない霊帝(第十二代皇帝)によって、その権威を失う。まさに後漢は社稷そのものの腐蝕のもと、寄生虫の如き宦官の強権を招き、ついには天命を失っていく。
黄巾の賊に天下が饗応し京師が揺さぶられる。激動への予感のなか英雄たちが次々と生まれる。「このうねりの下に、まだ幼童にすぎない曹操、孫堅、劉備がいる。」、また「英雄の生年はふしぎに近づきあうのか、」諸葛亮(孔明)、孫権が生まれる。徐々に描き出される夫々の性格、淡々と語られる後漢の断末魔のなか、権謀術策、剛勇無双な三国志の世界へと既に心は飛んでいく。

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