早春賦
■山田正紀氏の「早春賦」(角川書店、平成十八年一月三十日初版発行)
若干日が傾いてきた。空気は少々冷たい。ふと見ると梅がある。「きみならで 誰にか見せむ 梅の花 色をも香をも しる人ぞしる」(紀友則「古今和歌集」) 、春かな。「早春賦」では「靄にかすむ盆地のいたるところに山桜がほのかにけぶる」とあるので、もう少し遅い季節である。それにしても、「八王子千人同心」、別の小説でも出てきたのだが、どの本だったか判らない。歩きながら考えていた。通り過ぎたところで、ふと気付いて梅を撮った。私の頭の中の何処かの箱が静かにとじてしまったに違いない。Walter John de la Mareの「The Riddle’(なぞ物語)」(野上彰訳、フレア文庫、1996年11月30日第1刷)の「The Riddle(なぞ)」の不思議な箱の物語は思い出したというのに。
舞台は八王子郷。「八王子千人同心」は徳川家康の江戸入府に伴い1600年(慶長五年)に発足した。それから20年以上が経っていた。「千人同心」は甲斐武田家遺臣を中心に、近在の地侍、豪農などで組織され、甲州口の警備と治安維持を任務としていた。その「千人同心」を統括していた代官頭大久保長安が没したところから、この物語は始まる。
幕府によってもたらされた大久保長安「石見陣屋敷」の一族郎党と同心達との戦い。徳川将軍家直参の武士として禄を受け取る一方で、平時は農耕に従事し年貢も納める半士半農といった同心達。栄えある武田家臣団の一族だったなどと云う実感からは既に遠い存在となっていた。十六歳で初陣に出た父、簡六。その息子、風一も既に十七歳。風一、林牙、火蔵、山坊は八王子郷で幼年期、少年期をともに過ごした仲である。しかし、火蔵、その弟の火拾は「石見陣屋敷」の血筋につらなる者であった。
5人は戦いの渦中に。「非常に若々しくて、荒々しい」何かを胸に秘めて。簡六は死ぬ間際、三年前を思い出した。「この小僧たちにはこの八王子郷こそが故郷でねーか」、「こいつらにはこいつらなりに何か誇りのようなものがあるのかもしれない」と云うことを。そして、「これを受け取れ、風一よ。礫に思いを託し、投げた」。「風輝る 川の流れを せきとめて」。「なにか青々として清冽なものが一瞬のうちに体のなかに満ちる」感覚は、今までに読んだ山田正紀氏の作品とは趣を異にする。ブログに書いた作品以外あまり読んでいないせいだろうか。
ところで、同じ時代劇でもかくも違うのかと云うのが、浅田次郎氏の「お腹召しませ」(中央公論新社、2006年2月10日初版発行)。その中で「江戸残念考」に登場する浅田次郎左衛門の娘婿への感情は笑えた。「…拝み打ちに斬って捨てるという手も考えた。…一生恨まれるのは嫌であった。」なんてね(笑)。そうそう、これもなかなかと聞いたので、畠中恵さんの「アコギなのかリッパなのか」を買ってしまった。「政界の不可思議を一刀両断」だそうだ。
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