エンド・ゲーム
■恩田陸さんの「エンド・ゲーム 常野物語」(集英社、2006年1月10日第1刷発行)
一昨日、昨日と遅まきの新年会。一昨日の新年会は知的財産権投資協議会。初代会長の桜井教授にもご出席頂き、私の一本締めで(こんなことしたのは久しぶり)楽しくジ・エンド。昨日は、まずは6時半から第一ラウンド開始。元N社の方をはじめ、K社、M社、S社、A紙、Y紙の方々などなど皆さんお元気で、もう少しいたかったのだが、途中で失礼。第二ラウンドに8時過ぎに遅れて合流。幹事のS氏を肴に(中身は止めとこう、笑)盛り上がった。終わり間際に駆けつけた方もいたので、2次会に突入。何だかエンドレスの様相ではあったが、やはり良識のある方々だけに早々にジ・エンドと相成った。そうなんですね。一生懸命に「エンド・ゲーム」に繋げようとしたのでした。あまり上手くはないね(苦笑)。
書こう書こうと思っていた「エンド・ゲーム」。「光の帝国 常野物語」(集英社、1997年10月24日第1刷発行)の「オセロ・ゲーム」の続編である。途中で「蒲公英草紙 常野物語」も出たが、全く趣を異にしている。「オセロ・ゲーム」の最後で「祝宴となるのか、弔いとなるのか」と思っていた拝島暎子は「裏返される」。娘の時子は「あの日以来、母が自分に重なってきているのを強く感じる。母の感じていた恐怖が…」
そうなのでした。なんて言っても、「何がそうなのでした」か判らないと思いますが、そうなんですよ。暎子も娘の時子もオセロ・ゲームをやっていたのでした。「裏返す」だの「洗う」だの「洗濯屋」だの出て来ますが、これは読んでのお楽しみ。ボーリングのピンとかケーキなども出て来ますが、決して楽しい遊びではありません。
火浦は淡々と荒唐無稽な話を続ける。「-は、古い生命体の一種なんじゃないかと思う」、「どんどんその勢力は広がりつつある」。結局のところ、皆は「いつまでも続くゲーム、終わりのないゲーム…をしているだけ」なのだろうか。そうだとしたら、「いかに虚しいことか分かるかね?」なんて言われても、ゲームをしている人には通じない。「恐怖は生存の欲求に過ぎない。もはや俺には恐怖などという贅沢なものは感じられない」なんてことにはなりたくないものだ。冷たい風のなか、日の光は眩しいくらいなのに背筋がゾクッとする。
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Comments
光の帝国シリーズ大好きなのです。
とくに鶴先生には、人間というものを大きく超えた情愛というものが感じられますね。
すでにNHKなどで映像化されていますが
まったくあたらしい感性を加えて、映像化しようと思っています。 一緒にやりませんか?
Posted by: MAX-COZY | Feb 07, 2006 at 11:22
MAX-COZYさん、お久しぶりです。
好いですね。近々お会いしましょう。dより
Posted by: dawn | Feb 07, 2006 at 12:02