「曹操残夢」
■陳舜臣氏の「曹操残夢」-魏の曹一族-(中央公論社、2005年7月25日初版発行)
この本は、「曹操」上・下巻-魏の曹一族-(中央公論社、1998年11月10日初版発行)の続編である。曹操は最後に「天下はなお未だ安定していない」と言った。その曹操亡き後の魏王朝の滅亡に至るまでの話である。三国志では蜀を中心とした話が多い中で、曹一族を中心に書かれた本書は珍しい部類に入るのだろう。
ところで、本書の内容とは直接関係ないが、昨日の毎日新聞社説「視点 解散・総選挙(論説委員・松田喬和氏)」の内容は誠に不明朗だ(不明確ではなく、不明朗である)。憲法論を装いながら、実は別のことを書いている(国民には考える力がないとも読める)。何故、本のご紹介と直接関係ない話をするか。これは追々お分り頂けるだろう。
まずは、その社説から見てみると、「バブル崩壊以後、我が国では既得権益の見直しが再生への必須要件になっている。グローバル化によって、政策決定過程ではスピードとテンポも欠かせなくなっている。政治には強力な指導力が求められている」(マスコミは常々日本の首相の指導力不足を指摘してきた)とは言いながら、「法案成立には参院での可決が欠かせない。制度を軽視しては、民主主義は成り立たない」、「対立の構図が錯そうしている以上、当然のことながら民意も錯そうする」、「今回を前例とすることなく、小泉首相も議院内閣制の原点を踏まえるべきだ」などと宣う。要するに現憲法下の制度を、彼が考える適切な形で遵守しないと国民が混乱すると言いたいらしい。
そもそも日本の議院内閣制は権力分立制をゆがめる代わりに(強力な指導力を期待できない形態にしながら)、立法部と行政部とが共働することによって、その行動に柔軟性を与えることにより国政の円滑な遂行を期待したものと言われている。反面、総選挙が政策の決定等に直結しないが故に国民の政治疎外を生み出す。特に利権政治集団(多分、この中には一部マスコミの政治担当も含まれるだろう)によって、それが加速されるとも言われている。そもそも、内閣の解散権は議院内閣制から導き出されるものではない。議院内閣制の原点に回帰すればするほど国政の円滑な遂行が妨げられるとするならば、現制度に於いて改善し得る可能性のある手法を国民に提示することは強ち間違ったこととは言えないだろう。松田氏にとっては、従来型の政治の方が活動の場があって好いのだろう(国民には知らないことが多いのだから、専門家に任せておきなさい、と言いたいのかな)。
さて、社説の話はここまでにして本書をご紹介する。まずは、曹操の後継者である長男、曹丕と後継者争いに敗れた三男、曹植、そして後継者争いとは無縁の次男、曹彰との関係を軸に話は展開していく。戦乱の中で後継者となるもの、「冷徹でなければ、自分たちの仕えた王朝を亡ぼすことはできない」と思われた曹丕。彼も曹植の前では兄であり、詩を賦しているうちに滂沱と涙を流す。「その兄でさえ、弟に同情を寄せていることを、忠実な側近にかくさねばならないのである」。その弟も『自分の血のなかに、自分でも抑えられない「騒ぎ」があることを知っていた』。また、後継者争いからは無縁の次男、曹彰は「長兄の皇帝がそれほど気にしていたとは思えない」のに「彼ら(曹丕の周囲)に殺された」。皇位継承者の権限を持つ皇族たち自らの意思には関係なく、その周囲が争い、牽制する。
魏ではそれが朝廷の決まり事となり、曹丕亡きのちも、皇族たちはその権限を行使できないようになる。「もし宗家に万一のことがあっても、これでは援助もできないだろう」と曹植は思う。そして、「親親を通ぜんことを求むるの表」を上奏し、「(司馬)仲達はなぜ警戒されないのか?」とため息をつく。しかし、一度出来上がったしきたりを、中書省などの小物達が自分達の保身の為に利用する。中書監の劉放は臨終の明帝に「藩王(皇族)を政治から遠ざけるのが、わが魏の建国以来の方針であったことを……陛下、どうか思い出して下さい」と言う。流れは曹植の懸念通り、「命惜しさに仕え、命惜しさに強くなった」と言われる司馬氏へと大きく傾き、魏は司馬氏の晋に禅譲して滅びる。結局のところ、本書に描かれた短命王朝の魏は自己保身の取り巻きに亡ぼされたのである。日本の主権者である国民も、制度を守るなどと声高に叫ぶ利権政治の取り巻きに亡ぼされたくはないものだ。
様々な面で制度は何のためにあるのか、よく考えるべきではないのだろうか。因みに、知財立国を目指すと言いながら、知的財産権に関わる制度変更にも大変な時間を要している。私も次は知財証券流通マーケットを創ろうと動いているが、これには今までのような時間をかけたくはないものだ。
ところで、曹丕に関しては欠点が多いと言われることが多い。しかし、彼は「文章は経国の大業にして、不朽の盛事なり」との言葉を残している。文才は曹植に劣るとはいえ、その愛憎の激しさなども合わせ考えると、極めて興味深い人物である。
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Comments
dawnさん こんばんは
「政治には強力な指導力が必要」といいながら議院内閣制をないがしろ
にするなという論調は私には何をいっているのか理解できません
⇒まさに不明朗に他ならないと思うのですが・・
さて、曹操後の魏の物語ですね、
確か漢が姻戚の対立によって国力が弱まったので、必要以上に皇族を
遠ざけようとするバイアスがかかった施策をとってしまったのではなかったでしたっけ。
何のための制度か、という問いかけは身近な会社や地域社会の中でも行わないといけないですね(自戒を込めて)
さて、訪問の日ですが、来週月曜日の午後とかはいかがですか。dawnさんにメールをお送りしていたのです
が、ひょっとしたら古いメールアドレスに送って届いてなかったかもしれません。改めてお願いいたします。
Posted by: berger | Aug 23, 2005 at 21:26
bergerさん、こんにちは
魏の施策は、仰る通りですね。漢の反省が当初はあったのでしょう。制度には歴史的な流れが強く反映されるもの。従って、時代の変遷につれて見直すことも必要になるのでしょうね。
来週月曜日の件、メールを入れておきます。dより
Posted by: dawn | Aug 24, 2005 at 10:57
読んで実り多い記事だろうと思って一段落するまで暖めてました。また後で読み返そうと思います。
話しはそれますがやはり日本には惰性的な流れも「伝統」として重んじる反面いつしか形骸化し、その伝統の「精神」を忘れ去っている局面が時々見受けられます。
歴史や良書に今もなお脈々と生きている教訓に耳を傾けなければと立ち止まる一瞬でした。TBありがとうございます。
Posted by: Richstyles | Aug 30, 2005 at 22:08
Richstylesさん、こんにちは
コメント有難うございます。
仰るように、歴史や書籍には色々と考えさせられます。 今後ともよろしく。dより
Posted by: dawn | Aug 31, 2005 at 13:15