「孤宿の人」
■宮部みゆきさんの「孤宿の人」上・下(新人物往来社、2005年6月21日第一刷発行)
感想を書こうと思っていた。忙しかったこともあるが、なかなか書き出せなかった。その間に様々なことが起こった。郵政民営化に関する自民党内のどうしようもない茶番劇、都議会議員選のくだらなさ、英国同時テロ(大いなる悲劇)…、世界中の軋みが大きくなるなか、徒に時間だけが過ぎていく日本。何とも言えない閉塞感。などなど考えていると、「孤宿の人」のイメージがふと変わってくる。「孤宿」…難しい。「孤」は「ただ一人であること」、「宿」は「やどること」。人は結局一人と云う意味か。いや、違うのだろう。
物語に出てくる丸海藩は丸亀市のイメージ。丸亀藩は長く京極氏によって治められていたことから京風の美人が多いと言われていた。金刀比羅宮への参拝口として栄え、穏やかな海に面した丸亀には優秀な水夫も多かったようである。土産物としては“うちわ”作りが盛んだった。私の古い記憶ではのんびりとした城下町であった。
そんな丸海藩に闇が訪れる。非道をなした加賀殿が丸海藩にやってくる。不吉な兆しを引き連れて。人は心に恐れを抱くとき鬼を見る。心に闇を宿すとき自らも鬼になる。「ひと握りの為政者が、己の都合のいいように世の中を解釈し、動かす時代は間もなく終わる」と語る井上啓一郎も城内より流れてくる漆黒の闇にのまれ、流される。「人の目に映る鬼は、その者の目のなかに棲んでおる。だから追い出すのが難しい」。
しかし、鬼だ、悪霊だと言われる加賀殿は、「儚く空しく、卑しい人の身」。天蓋孤独な「阿呆」の「ほう」と名付けられた少女を懸命に気遣う娘、宇佐、自らの腑抜けさを自省する同心、渡部一馬、そして啓一郎も夫々に葛藤を繰り返す。「雨は誰の頭の上にも同じように降りかかる。しかし、降り止まぬ雨はない」。加賀殿は「ほう」に「よく習いなさい」と言った。砂地に雨が滲み込むように様々な思いが沁み込んでいく。「ほう」は決して「阿呆」の「ほう」ではない。「夜明けの海に、うさぎが飛んでいる」。悲しさの向こうに「青く凪いだ丸海の海原」が穏やかに見えるような気がする。
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