「産経抄」
■2005年3月18日付産経新聞「産経抄」について
『メディア(media)とは、媒体、手段、特にマス・コミュニケーションの媒体』(広辞苑)である。要するに単なる道具である。ところで、インターネットとは何だろう。全世界に分散するサーバーによって相互接続されたコンピューターによってコミュニケーションを繋ぐ媒体である。双方向性や同時・同一性をコントロールできると云う特性は有している。しかし、所詮は媒体(道具)である。インフラの整備に伴って動画もストレスなく見ることが出来るようになり、やっと一般的な媒体(道具)になりつつある。言ってみればテレビ、ラジオと同じメディアに漸く近づいたと言える。インターネットの場合には家電化されて本格的に一般的なメディアになるのだろうし、逆にアナログ放送はデジタル化してインターネットに近い特性を備えることになるのだろう。現時点では、過渡期的な状況下、それぞれに若干特性が違うと云うだけだろう。
それを「インターネットがテレビや新聞を殺す」だとか、反論として「玉石混交さまざまな情報の真偽を確認し、伝えるべき事柄を掘り起こす。それを読みやすい形に編集し提供するプロ集団が必要」(これだけ読めば、その通りかもしれないけれど)だとか、両方とも訳の判らないことを言っているように感じられる。
メディアなんて云う媒体(道具)は受け手のニーズによって変わらざるを得ないのではないだろうか。現状、メディアは分散しつつある訳だが、この分散したメディアの何を選ぶかは、最終的には情報の消費者なのだろう。何故か、消費者が欲しいのは情報(報道情報もあればエンタテイメントもある)なのであって、媒体(道具)ではないだろう(ハード好きの方も多いので、何にも見なくても新しいハードを買う人もいるだろうけど。日本には結構いる、笑)。
「インターネットがテレビや新聞を殺す」なんて言ってる方も言ってる方で、私には単にfishyな取引でマネーゲームやりたいだけにしか見えないのだが(メディアの融合、LBO参照、fishyな取引をする企業に企業倫理が理解できているとは思えない)、間違いだろうか。それに対して、読者を忘れた新聞社(この頃のネットの意見を見てると、全ての新聞社がそう見られているような按配で心配だが)が、単なる道具に文句を付けてるようにしか見えないのは私だけではないだろう。
weblogなど書いてないような記者の方々の中に立派な理念をお持ちの方を多々見かける。そう云う方々にこそ道具をよく吟味して頂き、次世代のジャーナリズムを構築して頂きたいものだと思う。道具も、使う人、使い方によって鋭くなったり、鈍らになったりする。ゴルフでもそうだが、日本人には道具の話ばかり好きな方が多いように感じられる。そろそろ本物のプレーや中身の話を聞きたいものだ。
(注)もしかすると、次世代のメディアはデジタルラジオかもしれない。でも、現状の流れからすると、東京単のラジオ局では対応出来ないだろうな。
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Comments
書き込み有難うございました。
「インターネットがTVや新聞を殺す。」と豪語した御仁もどうかと思いますが、やれ「ホワイトナイト」だ「焦土作戦」だと、本質を論じる事無くゲーム感覚で垂れ流しを続けているマスメディアもどうかと思います。マスメディアが世論を誘導するのは怖い事で、基本的に視聴者が自身の頭で考えていく材料を公平なスタンスで与えるだけで良いと思っています。でも、今回の報道はどうにも”言葉遊び”に走り過ぎているのではないかと感じます。
「作品制作では密な人間関係が重要」との事、その通りだと思いますね。その部分を軽視したが為に、堀江社長に反発を感じてしまう層が少なからず在るのではないでしょうか。本質を見極めれば”えげつない”金儲けをしている事には変わりないのでしょうが、孫社長のやり方には抵抗感覚えません。人間、所詮”感情の動物”なのですから、もう少し上手いやり方をすれば良いのにと堀江氏には何時も思ってしまいます。
Posted by: giants-55 | Mar 27, 2005 at 01:55
giants-55さん、コメント有難うございます。
結局のところ、「人間、所詮”感情の動物”なのですから」なんですよね。dawnより
Posted by: dawn | Mar 27, 2005 at 09:59