宮城谷昌光氏の「三国志」
宮城谷昌光氏の「三国志」第一巻(文藝春秋)。
久々の宮城谷昌光氏の作品である。今まで春秋・戦国時代が中心であったが、遂に「三国志」。「三国志」には原本として「三国志演義」や「通俗三国志」などがあるが、多分、全く趣の違う作品となるに違いない。
日本の作家ではやはり吉川英治氏の「三国志」。私も何回か読んでいる。
その始まりは、
「後漢の建寧元年のころ。
今から約千七百八十年ほど前のことである。
一人の旅人があった。」
この一人の旅人が劉備、蜀の劉備玄徳その人である。簡潔な中にその後の激動を暗示させる文章。息を吐かせぬ流れへと繋がっていく。
宮城谷氏の「三国志」は如何に。
『「四知」
とは、四者が知る、ということである。
では、四者とは何であるのか。またその四者が何を知るというのか。』
これは全く予想していなかった。宮城谷氏の持ち味が直裁に出た始まりである。
後漢後期、単に外戚勢力と宦官たちの抗争、宦官の横暴と云う表面的な捉え方ではない。前後400年近く繁栄を極めた漢王朝が天命を失い、四知との訓言を残した楊震ですら崩壊への道を止められない。曹操を世に生み出すこととなった曹騰たちの心理の機微が、順帝の悲しみと諦めが淡々と描き出される。人知を超えたところで歴史が転換していく様を深く見つめた「三国志」のプロローグ。歴史の非情さ、人倫の基となる重さを感じさせる。
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