メディアの構造変化No.2
私も以前、『プロの自覚を持った人々が、フリーに取材し、その結果が参加型のものになることはジャーナリズムの一形態かもしれませんが、無差別な参加型ジャーナリズムと云うものには、繰り返しになりますが、相当な危惧を感じるところであり、そのようなものがジャーナリズムと呼べるのか疑問を感じます。』と書いたが、ジャーナリズム考現学さんの『ニュースはタダではない。ニュースは、ジャーナリズムの精神を追求する記者たちが権力と対峙しながら絞り出す情報で、民主主義に必要な糧である。今の新聞社がどこまでジャーナリズムを追求し、権力と対峙し、民主主義に必要な糧を生み出しているかは、はなはだ疑問ではある。しかし、ライブドア報道部や、Googleニュースや、市民レポーターにそれができるかどうかも、疑問符がつく。まだ、新聞記者たちの方がマシのような気がする。』はおっしゃられる通りだと思います。
しかし、考えていた以上のスピードでアナログ媒体からデジタル媒体への移行が進みつつあります(加速しつつあると言っても過言ではありません)。近い将来を展望したとき、記者の方々の活躍の場をどのように再構築していくか早急に考える必要が出てきたと思います。
私はコンテンツ関連のコンサルも生業としておりますが、ネット等では漸くエンタテイメント系が若干ビジネスになってきた段階です(contents holderからの観点)。将来的には報道だけを扱う新たなメディアも考えられるでしょうが、移行期に於ける様々なギャップをどのように埋めるのかを考える必要があると思います。他の収益で報道部門を賄っていくという形態では独立性が保持できない場合が多いでしょう(livedoor形態は?)。広告モデルに頼るのにも限界があるでしょう(時間軸の中で)。新聞の信頼性は捨てたものではないし、紙媒体が全くなくなってしまうことはないと思いますが(我々の年代が生きている間と云うことだと残り少ないことになりますが、笑)、独立性を維持しつつも他媒体との複合的なモデルを構築し、記者の方々の糧を確保していく道を探る必要があるのではないでしょうか。
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