畠中恵氏の「しゃばけ」(新潮社)。
私の気に入っている本屋「往来堂書店」、とてもちいさな本屋さんだが品揃えが面白い。ちょっと暇潰しに行くのだが、そこにこの本があった。
「往来堂書店」をちょっと上がれば墓だらけ。この本の中には、妖(あやかし)、妖、妖がいっぱい。一太郎の若だんなのまわりには、犬神、白沢、鳴屋、屏風のぞき、不思議なことに律儀で、可愛く、親切な妖。
ふと見渡すと、我々の周りも妖らしきものだらけ。
政財界は言うに及ばず、ここにもそこにも、付喪神の“なりそこない”もどきがぞろぞろと。
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私も法律の専門家ではないので詳しいことは分からないとまずお断りしておきます。
その上で、 Unforgettable Daysさんの「ダンスレッスンで使用する音楽は、著作権侵害か?」に関して考えてみました。
1.本件はJASRAC(社団法人日本音楽著作権協会)が名古屋市の7つの社交ダンス教室を相手に、CDの演奏差し止めと損害の請求をしていた案件である。これは実演家やレコード製作者といった著作隣接権者の問題ではない。まさに作詞・作曲者の著作権に係わる権利侵害問題である。
とすると、著作権が消滅していない楽曲でJASRACに登録等されているもの(他の著作権管理事業者等への登録ではないもの)であれば、当然ながらJASRACの訴えは正当である。
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松岡正剛さん、退院おめでとうございます。癌の手術と聞き心配しておりましたが、編集工学研究所の方より退院されたと聞きました。何よりです。千夜千冊の再開を楽しみにしております。【追記:少々舌足らずだったので補足すると、千夜千冊後の第千一夜の再開と云う意味である】
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石田衣良氏曰く「物語には商売にならなくても想像力が大切、今こそSF、ファンタジーを書く」。これは素晴らしい。是非お願いしたい。石田衣良氏は現実から空想の世界への膜をまさに破ろうとしているのだろう。その過程でリズム感が微妙に変わっている。「池袋ウエストゲートパーク」のようなリズムが私は好きだ。想像力とリズム、今後さらに期待したい。
■石田衣良氏の「ブルータワー」(徳間書店)
現実が投影された未来。科学の終焉を思わせる未来。現実を現実と感じられない二つの世界で瀬野周司、嘘つき王子は, はたして彼の記憶は人類を救えるのか。異様な超高層ビル群を象徴する「ブルータワー」。新宿、六本木など見るにつけ、人類にはやはり大地が似つかわしい。
(*)「池袋ウエストゲートパークⅣ 電子の星」(これもリズムに少々疲れを感じる)
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DoblogをHottoLinkがやっていたとは知らなかった。しかもHottoLinkも漸く単年度黒字だそうだ。良かった良かった。
しかし、Doblogはシステム的にはまだまだ改善の余地がありそうだ。『さぁ!あなたも、一人のジャーナリストとしてDoblogを始めましょう!』なんて呼びかけているが、次のバージョンアップを見ないとね(間もなくだそうだが)。
駄洒落なんか言ってないで(笑)、頑張れ、HottoLink、内山幸樹社長。
HottoLinkはベンチャー企業(ほんとベンチャー)。若くて資金力もないのによく頑張っている。皆さんも応援してやって下さい。
念のため、私はHottoLinkの役職員や株主ではありません。ついでに言うと、親戚でもありません。
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逢坂剛氏の「相棒に気をつけろ」(新潮文庫)。
私の犬(雄)は私に似て無口。お隣のおばさんが言ったのです。異論のある方もいらっしゃるだろうが私が言った訳じゃありません。お隣には少々太めのペルシャ猫(メス)がいた(今もいる)。このネコちゃん、私の犬をからかうのが好き。当家の踏み石の上に寝転がっては日向ぼっこ。私の犬は無口に睨むがそこまで行けない。ああ何て嫌な奴、でも毛並みはバツグン。
久々にこの光景を思い出しました。かなり太めだが、これがなかなか美人の四面堂遥ことジリアン(どっちが先でも構わない)、青柳こと加賀屋一郎こと重村恭之輔こと・・・、ま、主人公の二人は世間師。要するに詐欺師。
さて、その獲物は如何にと見てみると。
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私も以前、『プロの自覚を持った人々が、フリーに取材し、その結果が参加型のものになることはジャーナリズムの一形態かもしれませんが、無差別な参加型ジャーナリズムと云うものには、繰り返しになりますが、相当な危惧を感じるところであり、そのようなものがジャーナリズムと呼べるのか疑問を感じます。』と書いたが、ジャーナリズム考現学さんの『ニュースはタダではない。ニュースは、ジャーナリズムの精神を追求する記者たちが権力と対峙しながら絞り出す情報で、民主主義に必要な糧である。今の新聞社がどこまでジャーナリズムを追求し、権力と対峙し、民主主義に必要な糧を生み出しているかは、はなはだ疑問ではある。しかし、ライブドア報道部や、Googleニュースや、市民レポーターにそれができるかどうかも、疑問符がつく。まだ、新聞記者たちの方がマシのような気がする。』はおっしゃられる通りだと思います。
しかし、考えていた以上のスピードでアナログ媒体からデジタル媒体への移行が進みつつあります(加速しつつあると言っても過言ではありません)。近い将来を展望したとき、記者の方々の活躍の場をどのように再構築していくか早急に考える必要が出てきたと思います。
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9/22 Asahi.com 『「紅白」歌手の世論調査結果公開 NHK、信頼回復強調』 によると、『NHKの関根昭義・放送総局長は22日の定例会見で、今年の紅白歌合戦について、視聴者への世論調査結果を公開するなど、職員の制作費不正流用の舞台にもなった紅白の信頼回復に努めることを強調した。 会見では(1)視聴者3600人に対し、「(紅白に)出場してもらいたい歌手」などについて郵便で世論調査を始めた(2)従来非公開だった世論調査の内容も、「男女上位人気15組み」については10月中旬には公開するなど、視聴者への理解を少しでも求めながら制作をしていく方針を強調した。 』とのこと。
信頼回復対策が世論調査の公開などと云うのは本質から程遠いものではないでしょうか。
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9/21 CNN.co.jp『CBS、ブッシュ氏軍歴疑惑「メモ」の信ぴょう性撤回』によると『根拠とした資料の信ぴょう性が確認できなかったと認め、「報道すべきではなかった。誤りだった」とするコメントを発表した。資料を報道した「60ミニッツ」のダン・ラザー氏も、裏付けが不十分だったと報道内容について謝罪した。』とのこと。
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祭りの音、ざわめきが消え、町はいつもの顔に戻る。仄かに赤い旦那衆が大祭のしるしを剥がしている。昨日までの熱気を今は蒸し暑さに感じる。訪れる人々は変わらない。記念館は何処にあるのですか。今日はお休みじゃなかったかな。でもいいや、記念館はいつものようにそこにある。この暑さは嫌だ。そんな顔で歩く犬。道はいつもと変わらない。日が変わり日々の生活は変わらない(Spephen King は「ドリームキャッチャー」のなかで「DDSS」と言ったっけ)。
スティーブン・キングの「ブラック・ハウス」(Title:BLACK HOUSE Auther:Stephen King & Peter Straub 新潮文庫)。そのような何事もない日々のなかに身を潜めた邪悪な家。密かに爪を伸ばし近づいてくる。いずれ人々を奈落の底へ誘おうと日常の歯車を少しずつ狂わせる。この数年前の物語を思い出したのは祭りの後だからか。
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昨日、米国人と飲んでいて面白いことを聞いた。ご存知の方もいるとは思うが、興味深い話だったのでご紹介する。
彼によると「大リーグのストの後、大リーグファンから球団及び選手に対し多くの訴訟が起こされた」そうだ。彼が「どんな訴訟だったと思う」と聞くので、私は「野球を見る権利を奪われたことに対する訴訟か」と答えた。彼は笑いながら「そんなgrandioseな話にしないでくれ。米国ではありそうな話だが。」と言って、次のように話してくれた。
「アメリカ人にとって野球はストレス発散の場だ。これが奪われるとどうなるか。
旦那は家庭内でイライラがつのる。決まってるよね。家庭内で諍いが起こる。
結果、大量の離婚が発生。
当然、奥さんから旦那に慰謝料をはじめ子供の扶養手当等も含め多額の請求がなされる。
大リーグファンの旦那たちは払えない。よって、大リーグのストが原因だと言って訴訟を起こした訳だ。」
まるで「風吹けば桶屋が儲かる」的訴訟でした。
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私のところにしては一箇所のサイト経由のアクセスが多いと思い、そのサイト(初めてのアクセス)を見ると私からのtrackbackが付いていました。しかも、題名も内容も全く違うもので、当然ながら私が投稿したものではありませんでした。
これはどういうことでしょう。トラックバックの怪。
コメントに貼り付けるのであれば解るのですが、trackbackでこのようなことが出来るのでしょうか。全く害のない内容とはいえ、文頭を読んで内容の全く違うblogに来られた方には迷惑な話です。私としても釈然としません。なお、trackbackの日付は8/6、trackbackしたことになっているblogは8/7の日付のものでした?
京極夏彦氏の物語なら、京極堂が「世の中に不思議なものなど一つもない」と言うところでしょう(笑)。
管理人の方には訂正をお願い致しましたが、お判りになる方がいたら教えて下さい。
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9/23週刊文春の「経済記事にモノ申す」が書いているテレビ局と制作事業会社との問題は極めて的を得たものと思われます。「テレビで放映されている番組の半分以上は、実は制作会社が作っている。・・・制作会社の役割はますます大きくなっているにもかかわらず、業界での立場は極めて弱い。」「・・・制作事業者が流通ルートやコンテンツの提供方法などを選ぶことができない現状を変えなければならない。」との記述はその通りだと思います。
私もNHKの問題で、『少なくとも放送会社が報道機関だと言うのであれば、自社もしくはグループでエンタテイメント系の「制作」は一切行わないなど明確な体制を取るべきではないのだろうか。』と書きました。
まさに放送会社は報道以外の制作に関して、次のような体制を採れば、若干なりとも報道の質が向上するのではないでしょうか。
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東秀紀氏の「荷風とル・コルビュジェのパリ」(新潮選書)。作家永井荷風と建築家ル・コルビュジェ(シャルル・エドゥアール・ジャンヌレの筆名)は、当時のパリで同じものを見、同じ空気を呼吸していた。まさに二人の思考はパリと云う都市で交錯していた。しかし、二人の思考は同じものを見ながら、全く違うものを見ていたのかもしれない。自らの理想を、現実の都市計画の中に追い求めたル・コルビュジェと自らの小宇宙の中に追い求めた荷風。全ての都市像は幾多の思考の中に。Italo Calvinoの「見えない都市」(Le Citta Invisibili、米川良夫訳、河出書房)を思い出す。マルコポーロはフビライに様々な都市を語る。都市は記憶であり、記号であり、空想であり、欲望である。
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「動物愛護に関する世論調査」は平成15年7月調査として内閣府大臣官房政府広報室より出されている。調査目的は「動物愛護に関する国民の意識を把握し,今後の施策の参考とする。」と云うことだそうだ。どんな施策の参考とするのだろう。てなことはさておき、その内容の一部は以下の通り。
・飼育しているペットの種類:ペットを「飼っている」と答えた者(806人)に,どんな動物か聞いたところ,「犬」を挙げた者の割合が62.4%と最も高く,以下,「ねこ」(29.2%),「魚類」(11.7%)などの順となっている。(複数回答,上位3項目)
と云うことで、ペットとして飼われている犬と猫との比率は、「犬:猫=2:1」である。
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犬はどのような分類に入るのか?と云う問いに対する医学部学生の回答は、「食肉目・イヌ科・イヌ属・イヌ種(Canis familialis Linnaeus)です。分類が変わったと云う話は聞いたことがありません。」だった。優秀な彼女は、私の話「犬はネコ目」を聞くと「また冗談を」と云う顔で、とても冷たく答えてくれた。
解らない。2種類の分類が存在しているのだろうか。『学術用語集 動物学編』の位置づけはどうなっているのだろう。
【追記】
・オンライン学術用語集には動物学編が含まれていない。アマゾンでは『学術用語集 動物学編』が在庫切れ。
・動物命名法関連用語集の紹介文の中に「上科よりも上の分類階級では,学名の直訳語を用いる(ただし,文部省編「学術用語集動物学編」では,この規則に従っていない)。」と云う記述がある。
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竹内真氏の「図書館の水脈」(出版社 メディアファクトリー)。浮世亭風流24号さんお勧めにより読んだ。幾つかの物語が織り重なるように、また水脈のように交わって続いていく。図書館で生まれた物語は形を変え、人を変えてなお流れていく。時間をも越えたところでそれが織り進められたとき、また別の水脈へとつながっていくのかもしれない。
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「nikkeibp.jp Mail 夕刊 」に次のような記事が出ていました。
『●知事自らがブログで県民・職員へ情報発信、高知県 橋本大二郎知事
高知県の橋本知事が運営する知事ブログ「だいちゃんぜよ」は、県民と職員に向けた気軽な情報発信であることに注目したい。県の公式ホームページとは別に、知事が自分で運営できるブログを設けることによって、知事と読者である県民や職員との距離感が縮まり、両者の間に流れる情報量が増える。そのベースには、「組織のトップが情報をオープンにしていくことはもはや責務」という橋本知事の強い問題意識がある。』
私も県知事が自ら情報発信をしようと云う趣旨には賛成です。ときには間違えた考え方など如実に出てしまうことも省みずblogを書かれる勇気には感服致します。是非、今後とも続けて頂きたいと思います。しかし、一方的な情報発信は政治的宣伝・誘導の危険性を孕むものでもあります。発信する以上、コメント(特に批判・疑問)等へは丁寧に応えるなど情報の双方向性を確保するべきではないでしょうか。時間的制約等技術的な問題はあろうかと思いますが、工夫をして頂きたいものだと思います。
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浮世亭風流24号さん、有難うございました。
調べて頂いたところによると、以下の通りだそうです。
「明治以来、目名には「齧歯目」「霊長目」等、原名のラテン語をおおむね忠実に漢訳した漢名が用いられてきた。だが、1988年、文部省(当時)の『学術用語集 動物学編』において、目以下の名称をすべてカナ書きにし、目名は「ネズミ目」「サル目」のように、それぞれの動物群を代表する動物名(カナ書き)に変えるという改定がなされた。
1988年からすでに「ネコ目イヌ科」なんですって!
1965年の『学術用語集 動物学編』と1988年の『学術用語集 動物学編(増訂版)』を見比べてきましたので、今度は間違いないです。」
やはりイヌはネコ目(もく)だった。ネコ目(め)ではありません。しかし1988年からそうだったとは。私にとって世の中知らないことが多過ぎる。
とすると疑問になるのが動物図鑑である。「齧歯目」「霊長目」「食肉目」とかに分類したものが多いようだが、これは何故なのだろう。まさか文部省に逆らっている訳でもないでしょうし。疑問は疑問を呼ぶ。
もう一つ疑問がある。動物群を代表する動物名として何故ネコを選んだのだろう。文部省にも愛猫家が多かったのだろうか。
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「Zoological Resourse on the WEB」の分類の中で、確かに「ネコ目(食肉類)」はあるが「イヌ目」はない(続きに哺乳網の部分をコピー)。第一、食肉目とか云う分類になっていない。
強ち「ネコ目イヌ科」と云うのは冗談ではないのかもしれない。どうも「ネコ目ヒト科」はおかしいが、こちらには関心がないのでいいことにする。
浮世亭風流24号さんはじめ皆様、お騒がせ致しておりまして相済まぬことでございます。
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朝日新聞一面にも出ていたが、「skype」で多分、P2P情報通信は大きく変わるだろう。
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Title:Power of Three Auther:Diana Wynne Jones 野口絵美訳、佐竹美保絵、出版社:徳間書店
1976年に出版されたもので、「大魔法使いクレストマンシー」シリーズなどが出版される前の作品。3つの力に象徴された世界の中でDiana Wynne Jonesの作品らしく昔が今に微妙に影響している。その要素は少年ゲイアを通して現代の我々にも何かを伝える。その後の作品に比べ直裁な構成だけにイングランドの伝説的な雰囲気を濃厚に伝えてくれる。我々にとってそこに留まりたいと思う力はなんなのか。
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あまり真剣に読まないで下さい。私は冗談を言われたのかもしれません。なんせ人の悪い友人ばかりですから、と断わりを入れたところで申し上げる。でも結構真剣に教えて欲しいのです。
飲んでいたら、友人がこの春から文部科学省は動物の分類方法を変えたと言う。奇蹄類、偶蹄類の区分を止めたそうだ。これが意味するところは残念ながら私にはよく分からない。私が耳を疑ったことには、犬はネコ目イヌ科になったそうだ。人間もネコ目ヒト科だそうだ。 本当か? 私の大好きな犬がネコ目か。どうりで私の犬が餌を欲しがるとき「にゃんにゃん」と言い始めた。榎木津礼二郎が「にゃんこ」と叫んでは暴れる(「百器徒然袋-風」より)。そう言えば筒井康隆氏はコンブリ島で“ヒトデナシ”ほか様々な種類を生み出した(ちょっと古いが「メタモルフォセス群島」より)。blogの世界はネコの写真だらけ。なんてことは冗談として、これは本当なのか。元々門外漢な上に、先ほどからネット検索で調べているのだがよく判らない。
私は冗談ではなく知りたいのだ。誰か教えて下さい。本当のところを。よろしくお願いします。
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9/10付朝日新聞P.37、須藤春夫・法政大学教授(マスメディア論)の「中央集権的な姿勢の検証を」に対する感想。
同氏は『議員側の追求は、・・・・どうしてNHKに不祥事が起きたかと云う本質的な議論がなかった。・・・・・・・・プロジェクトX展での協賛金問題も、子会社を使って商業化に走る経営姿勢が背景にある。』と指摘されている。ここまでは首肯し得る。
しかし、そのあとの『とはいえ、国会でメディアを追及すること自体は望ましいことではない。』については、浅薄な知識で恐縮だが個人的に問題があるのではないかと思っている。
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やっと「図書館の水脈」が届いた。実はアマゾンを利用したのははじめてだ。近所の本屋に丁度なかった。アソシエイト・プログラムに入っているので試しに頼んでみたが、やっぱり私は町の本屋が好き。本屋の雰囲気、並んでいる背表紙、それを引き出すときの感触が堪らなく良い。いつもよく行く本屋が2、3軒ある。読む本がないときはそこに行って目にとまった本を読んでいる。本屋がなくなったらどうしよう。活字依存症+本屋依存症の私は本屋がなくなっていくのを見るとぞっとする。アマゾンで本を買っておいて勝手な話しをしているなァと自ら呆れる。
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以前、『茅田砂胡氏の「デルフィニア戦記」(中公文庫)の”ウォル・グリーク・ロウ・デルフィン”と”リィ”は、定金伸治氏の「ジハード」(集英社文庫)に於ける、”ヴァレリー”と”エルシード”の設定によく似ている。但し、”エルシード”は本物の少女ではある。』と書いた。
今回付け加えると、「デルフィニア戦記」の“シェラ”と、「ジハード」に於ける“アル=カーミル”の生い立ち、位置づけは似ている。但し、“アル=カーミル”は女装をしていない。
と云う具合に、両著には何となく類似点があるように思う。
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ちょっと手にした物語、なんだ京極夏彦氏もご推薦。物集高音(もずめたかね)氏の「大東京三十五区 冥都七事件」(祥伝社文庫)。奇怪ふしぎな「血出の松」にはじまる話は、“ちょろ万”こと芋ッ書生“阿閉万”と“玄虚館主人”こと下宿館大家“間直瀬玄蕃”の謎解きに。さて、この幽的怪異な謎解きは何処に。
サァサ、はいラしッてご覧なさい。「世の中、摩訶不思議なりや、はたして不思議はない(ん?)のか」。
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「ブログで建設的に議論する方法について考える」とは別件ですが、NHKの不祥事を読んで以下のような疑問を感じました。皆さんはどう思われるのでしょう。
1.対応が極めて遅い⇒何か隠しているような気がしてならない。
2.NHKに限らず放送会社社員の給料は相当高いにもかかわらず、その上に何故ピンハネまでするのか(体質か?⇒聞いたところによると、下請制作会社の平均賃金は400~500万円、それに対して若い担当ですら1000万円以上の給料だそうだ。制作会社よりも口だけ出している放送会社の方が給与が高いこと自体変なのだが。)
3.電波は国民の財産である。その上に受信料まで払っている。NHKはグループ企業まで通算するとかなりの利益を計上している(加えて給料も高い)が、何故、受信料を下げるなどの国民への還元がなされないのか。
4.これはNHKだけのことだろうか。他の放送会社はどうなのだろうか。
加えて、日頃感じていることは以下の通りです。
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「azarashi_salad」さんの「ブログで建設的に議論する方法について考える」を読んで、その真摯なご努力に敬意を表します。まとめて頂いた「最低限のルール」は、その通りだと思いますので、以下に紹介させて頂きます。
【最低限のルール】
1、「人格攻撃」はタブー。
2、コメントを書く場合は、名前に自分のブログアドレスをリンクする。
3、コメントした人同士の遣り取りが思わぬ方向に行きそうな場合は、そのまま放置しないで管理者が捌く。
4、丁寧語を使い、略語や隠語、感情丸出しの乱暴な言い方を避ける。
なお、個人的に私はこれにもう一つ付け加えようと思います(笑)。
5、飲み過ぎの状態でコメント等は書かない。
「azarashi_salad」さんお疲れ様でした。
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日本のプロ野球がちっとも面白くない。このように思っているのは私だけではないだろう。昨晩もその話をしていてかなり飲み過ぎてしまった。こんなに酔っ払ったのは久々だ。でもまだ言い足りない。ペナントレースも何処へやら、何だか早くもストーブリーグに入ってしまったような按配である。合併だとかストだとか騒いでいるなか、ますますイチロ-の活躍が際立って見える。日本のプロ野球は大リーグの2軍なのか(あれでもオリンピックで金を取れないのだからそうかもしれない)。要するに日本球界にはスターがいない、花がない。スターも悪役(昔は相手チームにホント嫌なやつがいたものだ。外木庭が出てくると勝てる気がしなかった。悪役だなんて広島ファンの方すいません。)もいないから面白くない。【追記】そう言えば最大の悪役も表面上いなくなったが、これは別のお話。
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Title:A Tale of Time City Auther:Diana Wynne Jones 訳:田中康子さん、絵:佐竹美保さん、出版社:徳間書店
物語が二重三重の複数な螺旋階段のように進む。見えるかなと思うと見えなくなる。全体が複雑な構造物、魔法のような科学が様々な時代の紛争の中をDNAのように貫く。ヴィヴィアンは1939年の疎開列車から奇妙な世界に、そこには「中国からふらりとやってきた感じのいい若い男」の子孫ジョナサンの不思議な姿、いつもながら大胆な展開。Diana Wynne Jonesの世界に引き込まれていく。
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Title:James Herriot's Favourite Dog Stories (1995) Auther:James Herriot 大熊栄訳 出版社:集英社
私のような愛犬家なら、この本を気に入る可能性が高い。英国ヨークシャー・デイルズを舞台に人間味豊かなJames Herriot先生、魅力的な動物たち、そして牧場主たちが登場する田舎の自然な物語。一話一話は短く、疲れたときなどちょっと読んでみると、ほっとした気持ちにしてくれる。James Herriot氏には、この他にも獣医(著者は実際に獣医)から見た動物に関する著作が幾つかある(文庫本もあり)。
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湯川さんの「グーグルがニュースサイト」を読んで、その趣旨とは少々違うことを思ったのでメモしておきます。まだまとまった考えにもなっていないので本当にメモ的ですが、以下がその内容です。
著作権法の世界では最近、無体頒布(ここで云う頒布は著作権法上の「頒布権」の頒布ではなく、広い意味)を有体頒布と同一に考え始めているように感じられる。即ち、従来の無体頒布に於いては複製権を考えなかったが、送信可能化権という概念によって無体頒布にも複製権を持ち込んだ。これはネットをはじめとする新しい無体頒布型情報提供に従来型の有体頒布の枠を嵌めようとするものである。このことによって著作権の世界は複雑さを増すとともに、商業的な著作財産権保護の度合いを強めている。このことは、著作権法が情報の商業的価値と社会的価値との比較考量に於いて実質的に商業的価値に重きを置きつつあるものと解釈できる。このような動きは何も日本だけのものではなく、WIPO(World Intellectual Property Organization の略)に於いて認められているものである(加盟国中、日本が急先鋒ではある)。エンタテイメント関連の著作権ではある程度やむを得ない面もあるが(別途問題があるが)、ニュースと云う「social property」としての側面が強いものに当てはめると相当にバランスを欠くものになりかねない。なお、米国は著作権、特許権等知的財産権の「social property」としての側面を従来強く認識していたが、ここも姿勢が変わりつつある。
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Title:Tom Clancy's OP-CENTER Divide and Conquer Auther:Tom Clancy & Steve Pieczenik トム・クランシーの「国連制圧」に続くOP-CENTER シリーズ。テンポの良さ、悪役"ハープナー"の悪役らしさ、OP-CENTER長官"ポール・フッド"の何となく軟弱なところ(これが結構楽しめる)など期待を裏切らない作品である。
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短時間で思いつきを書いてしまったので、ちょっと整理したい。「ネットは新聞を殺すのかblog」で湯川さんが書かれていることはその通りだと思うし、小池氏には是非この試みを続けて頂きたい。しかし、折角「参加型ジャーナリズム」への扉を開けるのであれば、既存のマスメディアとは違った対応が必要ではなかったか。先日も既存のメディアはdiscloseをしていないと書いたが、これは経営の数字等の話しだけではない。そこに至った経緯やその根拠等の十分なdiscloseがなければ、ジャーナリストが書いた内容をどのように判断すればよいのか受け取る側は分からない。今回の小池氏、伊藤氏の内容を見ると、これでは既存メディアの謝罪広告と一緒に見えてしまう点が残念である。背景説明等が不足している。多方向に存在する人々も抽象的な言葉だけでは納得できないだろう。このままでは一部の導管が詰まった状況に陥り、「参加型ジャーナリズム」が構築できない恐れがある。説明不足は憶測、疑心暗鬼等を呼び、「参加型」のネットに綻びを広げてしまう。大変なことだとは思うが、「参加型ジャーナリズム」にはdiscloseの精神が不可欠なのではないだろうか。
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「あざらしサラダ」さん、コメント有難うございました。私も大変穿った見方だと思っております。様々な見方が想定されるのに対して、2ヵ月後にしては説明が不足しているように感じたので、敢えて書いてみました。
ところで、3000回目に私のblogを見て頂いたとは素晴らしい。しかも、私がblogを始めたのが8月3日ですから、1ヶ月が過ぎたところでの3000回目のアクセス。気持ちだけで申し訳ありませんが、感謝のトラックバックを送らせて頂きます。
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「とんでもない事件簿」さん、トラックバック有難うございます。どうも、今回の件、再開後のコメントを含め釈然としない部分が多いですね。小池氏の説明をもっと聞きたいところです。
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タイトルの件に関して、コメント等を読むと同情的なものが多い。どうなのだろうか。これは極めて穿った見方だが、結果的に小池氏はあの会社を利する行為をしたのではないか。コメント等を読む限り社長に心情的に近い人々の活躍の場を用意したようにも感じる。これからの動向を注視する必要はあるが、特にあの時期、共同通信は意図的に後押しをしたと言われないようにして欲しいものだ。これは一般論だが、時として企業が綱渡りをしている時に不思議な助け舟が出てくることがある。以上は大変へそ曲がりの見方である。このようなことはないと思うし、そうでなければ良いと思う。
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