CBSの謝罪
9/21 CNN.co.jp『CBS、ブッシュ氏軍歴疑惑「メモ」の信ぴょう性撤回』によると『根拠とした資料の信ぴょう性が確認できなかったと認め、「報道すべきではなかった。誤りだった」とするコメントを発表した。資料を報道した「60ミニッツ」のダン・ラザー氏も、裏付けが不十分だったと報道内容について謝罪した。』とのこと。
日本のメディアにおいて資料の信憑性が問題にされることがあるだろうか。どうも日本では書いてしまえば、言ってしまえば勝ちと云う感じがしてならない。また、日本のメディアはこのような謝罪をするだろうか。新聞では全く目立たない謝罪文を掲載、テレビではアナウンサーが冗談交じりに謝罪するくらいが関の山だろう。
日本のどこに問題があるのだろうか。多分、主張をするならばデータとそれに裏付けられた論拠を示すと云う極めて基本的な表現のルールを無視するところから来ているのではないだろうか。聴衆は情緒的な報道が好きと勝手に決めこんでいる節がある。最近の殺人事件などは何もここまで連続して報道する必要はないと思うところまでやる(実はこれが殺人の多発化の一因になっているかもしれない)。郵政民営化とかプロ野球スト報道も「祭り」のお囃子のような状況で、本質的な問題については何ら掘り下げていないように見える。
「どこそこからしか情報は得られておりません」とか「この調査結果は何々を正確に反映しているものではありません」と言いながら、さも正しい事実や数字のように使っていく日本のメディア。CBSの謝罪を見るにつけ、問題が多いと言われている米国のメディアですら日本のメディアよりも自浄力で数段上を行っているように感じる。日本のメディアは如何に物事を大きな騒ぎに見せるか(如何に聴衆を刺激できるか)しか考えていないのではないだろうか。うんざりしている人は多いと思うし(無関心の醸成)、これは非常に危険な状況ではないだろうか。
「参加型ジャーナリズム」に期待したいところではある。但し、如何せん基礎情報の多くが現状のメディアから来ている。これらをどのようなフィルターにかけるか重要な課題であろう。
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