署名で書く記者の「ニュース日記」4
短時間で思いつきを書いてしまったので、ちょっと整理したい。「ネットは新聞を殺すのかblog」で湯川さんが書かれていることはその通りだと思うし、小池氏には是非この試みを続けて頂きたい。しかし、折角「参加型ジャーナリズム」への扉を開けるのであれば、既存のマスメディアとは違った対応が必要ではなかったか。先日も既存のメディアはdiscloseをしていないと書いたが、これは経営の数字等の話しだけではない。そこに至った経緯やその根拠等の十分なdiscloseがなければ、ジャーナリストが書いた内容をどのように判断すればよいのか受け取る側は分からない。今回の小池氏、伊藤氏の内容を見ると、これでは既存メディアの謝罪広告と一緒に見えてしまう点が残念である。背景説明等が不足している。多方向に存在する人々も抽象的な言葉だけでは納得できないだろう。このままでは一部の導管が詰まった状況に陥り、「参加型ジャーナリズム」が構築できない恐れがある。説明不足は憶測、疑心暗鬼等を呼び、「参加型」のネットに綻びを広げてしまう。大変なことだとは思うが、「参加型ジャーナリズム」にはdiscloseの精神が不可欠なのではないだろうか。
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Comments
いつもするどいご指摘ありがとうございます。まさにその通りだと思います。小池氏には2カ月の間に何があったのかを説明してもらいたいものです。「数が多くて対応できなかった」では説明になっていないと思います。discloseの問題は、わたしも今後勉強して考えていきたいと思います。
Posted by: 湯川 | Sep 01, 2004 at 14:44
コメントを有難うございます。いつも生意気なことばかり申し上げて恐縮です。著作物に関しましては、感性=エンタテイメント、理性=ジャーナリズム(claim⇔data⇔warrant)と考えております。
Posted by: Dawn | Sep 01, 2004 at 16:45